2006年8月アーカイブ

PCRのアイデア

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PCRの分析手法開発でノーベル賞を受賞したシータス社(当時)のキャリー・マリスのひらめいたアイデアを知って、田中耕一さんがノーベル賞を受賞した質量分析計のアイデアを連想した。頭のよいひとはなるほどどんな場合でも自由な発想ができるものだとあらためて感心した。後知恵では普通の人でも考えつきそうな簡単なアイデアでもその局面で、まったく違った経緯で論理思考を進めてきた場合、逆の発想とか子供じみた発想というのはなかなか出てこないし、ましてやまじめに考慮に値すると自らなかなか確信を持てるものではないだろう。そこのところが凡人の及ばない優れた才能の才能たる所以だ。

科学の基礎

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リオタールによると科学に基礎を与えてきた二つの哲学的物語として次が挙げられている。
ひとつはイギリス・フランス・合衆国における進歩の理念、
ひとつはドイツにおける国民の繁栄を増進するものとしての教育の理念。
「ポストモダンの条件」では科学はその正当化機能のために物語を必要としていると。
科学的知識は物語という他者に頼ることなしには自らが真の知識であることを知ることも知らせることもできないのであるが、物語は科学の観点から見れば、知識でもなんでもないのである。
これらの表現は極端だが科学の基礎の最も弱いところを的確に表現している。西欧文明の自らを客観視できずに苦闘する知性を象徴しているともいえよう。東洋人であるわれわれにはいわば当然の話も彼らにとってみれば脱却できないしがらみとなっている。

バランスの意味

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体のバランスは病気の発症によりその平衡を取り戻そうとする。
さまざまな体の発疹、腫瘍、疼痛は免疫力が体に働いてバランスをとろうとする活動にちがいない。
症状を対症療法で対応しようとする医療は、その崩れたバランスの現状を追認するもので、自らのジャイロスコープが進路を見失っていれば表面的に症状が押さえ込まれても別のところに新たな症状が出てくると思われる。
ホメオスタシスの思想は昔からあるが、漢方でも中心的な考え方だろう。現代の医療ではこの体がもつバランスを取り戻そうとする力はどのように判定され、治療に生かされているのだろうか。

ギャップ

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思っていることと、やっていることのギャップは人を苦しめる。
思うように行動できないことがストレスとなるのだろう。
現在の私は、ゆったりと行動したいのに、していることはせわしなく、誰もせかしていないのに、時間に追われているように行動している。これはいったいどういうことか。
周りの人からはゆったりしているように見えても、本人はなにかあせっているのだ。
これが歳をとったということなのだろう。
年寄りを見ていると、なにもあわてる必要がないのにいたずらにあわてて、つまづいたり、簡単なことに時間がかかったりしている。人の行動を見ているとたしかに私は老人になってきている。
自分の行動を確かめようとして、何度も何度も見直し、結局間違えるというのも年寄りの行動パターンだ。年をとってくるとコントロールできなくなるという悲しい現実だ。

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