柔軟なアクセス制限というのはありなのか?技術に詳しくないので、できそうでできないのではないのかという漠然とした感想しかもっていない。常に疑問に思い、かつ半ば確信に近いのは、究極の暗号ということに関する技術的な不信感だろう。mixiは日記の閲覧許可設定を提供するべき「だった」かを読んでSixapartの新しいサービス「VOX」を思い出した。アクセス制限というのは暗号とは相違するが、一部の人を関係者から排除するという思想は同じと思う。そこで実施されるのは誰かに鍵を預けるという行為だ。この鍵の管理は預けた瞬間から自分のコントロールできるものではなくなる。信頼の脆い土台に支えられていることを覚悟する必要があるといえる。