ジョンジョー・マクファデンの「量子進化」を読んで彼の以下の説に深遠な興味を持った。
すなわち、生命の起源を説明する従来の理論に欠けていた重要な成分は量子測定ではないかというもの。自己複製物質が自身の量子状態を古典領域に増幅することによってその状態を測定できるということは生命の発生にとって非常に重要だったというのだ。
ある現象において、どこで量子系がとまり、測定装置が動き出すのだろうか。二重スリット実験に対するニールス・ボーアのコペンハーゲン解釈では、スリットを通って伝播する光子あるいは電子は、測定行為がおこなわれるまでは波動関数あるいは確率波によって記述されなければならない。電子は、ひとつのスリットに置かれた測定装置に結合するまでは、位置状態の量子の重ね合わせとして存在すると考えられる。コペンハーゲン解釈では測定装置は常に古典的物体と考えられる。測定装置と電子の重ね合わせの結合は波動関数を収縮させると考えられるため、電子と測定装置を合わせるとひとつの古典的存在となり、すなわちどちらかのスリットで電子が検出される。
ウオジェック・ズーレックは、世界全体が古典的に見えるのはデコヒーレンスのためであると主張している。量子系は必然的に、その環境中の無数の粒子の運命に絡まり、この絡まりがデコヒーレンスを引き起こす。干渉効果が消えてしまうために世界は古典的に見える。(光子という)環境が量子系を測定するというのだ。そして、デコヒーレンスが量子測定を起こすには、なんらかの情報が環境に漏れ出す必要がある。
生命の発生の謎は量子世界の強力な物理的な2つの力に負うところが大きいのかもしれない。位置にかかわる謎も量子世界と考えれば説明できるものであろう。納得できるかどうかは別にして。