人の持つ排除の傾向については日本人の鈍感さが際立っているようだ。すでに国際的には多様性を是とする行動が標準となっている。均質な美しさは悪の源泉だというわけだ。そういえばマスゲームを時代錯誤なイベントと見るバランスをわれわれは既に身につけている。とはいえ、問題がクローズアップされているいじめの問題などは、まさに日本人の大人の常識の根底にある排除の傾向が子供に鏡像として映し出されているといえるだろう。日本経団連のダイバーシティに関する提言や生物多様性条約の背景に多様性の受容の考えがあり、理屈ではわかったつもりでも、行動が伴っているとは言いがたい。これらの基準がどれほど重いものか、わが国では民族の坩堝である米国に一歩も二歩も遅れていると言わざるをえない。