米国では謝ることが必要だと認識されはじめているようだ。先日野茂とイチローの2回目の対決でデッドボールがあったとき、解説者が謝ろうとしない野茂をさすが大リーガーと変な誉め方をしていたが従来の米国ではこれが普通なのだろう。
よく似たことだが政権にあるブッシュは慣性が働いているせいだろうか従来の米国を象徴している。国連では米国の言い分の通用しない世界があるというのに認めようとしない。国際麻薬統制委員会で米国が落選。
公正さはなにも米国だけのものではなく、どこにでもその気になったところでは公正さが追求されている。トーゴの汚職追放の動きはすばらしい。これでこそ国民は政府を信頼できる。
一方でなんのための法律で、なにをすれば罰せられるかがはっきりしないようなところでは規律が守られず、正義のなんたるかが国民にはわかりにくい。
