国境線

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日朝会談に対する欧州とアジアの反応は好意的だった。おそらく米国を除き(いや真の意味で米国も含め)国際社会はこの会談を待っていたといってもいいだろう。

一方国内は必ずしも好意的ではない。小泉政権の支持率が急上昇したもののマスコミの論調は極めて厳しいといえる。これには日本の国民性とか拉致遺族への感情的な思い以外に本質的なものが含まれている。韓国国内の事情とも共通する問題を含んでいる。

どの国も国境線を持っているが日本の大方の国民、特に戦後生まれの国民は島国で育っており、国境の持つ緊張感とはほとんど無縁でいた。日本の国内では唯一日本海側のいくつかの地域でのみ強く外国が意識されてきただけだとも言える。国境はもっぱら海上保安庁や自衛隊の監視網でのみ担保されていた。安全はよく言われるようにあたりまえとなっていた。拉致された国民が生命を落としたことに驚愕し、あらためてこの危険な隣国がなにをしでかすかわからないと思ったのだ。

しかし、きっと国際社会で互いに国境を接する各国の人たちはこの国境の持つ意味、主権の存在、生命を守っている法の存在を常に敏感に感じているにちがいない。諸外国にとってこのような生命の危険はあたりまえであって鈍感だったのは日本人だけだったとも言える。国際社会はそのような日本の置かれている立場がわかっているだけにおおいに賞賛し、今後の関係改善に期待するとエールを送っているのだ。

外務省は関係改善の好機で国際社会に寄与できるチャンスと考えた様子が見受けられるが、世界中で最も関係改善に慎重であるべき我が国がこうして関係改善に踏み切ったということが持つ意味は、国際社会での得点とはうらはらに後戻りできないリスクを自ら抱え込むこととなったことを示している。真の意味で主体的外交が必要になってきたからだ。

ソ連のペレストロイカにはじまった冷戦の終結で東西ドイツは統合したがその過程で経済の落差はいまだに修復が完了していない。朝鮮半島の統一がいつ実現するかわからないが、その経済的インパクトは大きい。元気の無い我が国経済が抱えるリスクは想像を絶するものがある。その意味で日米韓三国の協調をのみ考えるのではなく、中国の関与をもっと積極的に引き出す必要があるといえる。また、パレスチナになぞらえるつもりはないが、隣国国民との平時の平和共存のむつかしさは第三国にはわからない。当事者である双方の一層の努力が必要である。

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このページは、藤田ひかるが2002年9月23日 23:36に書いたブログ記事です。

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