2007年9月アーカイブ

科学

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科学という言葉にはさまざまな意味と歴史が負わされている。
幕末の高野長英が「漢洋内景説」を書いて科学的態度の重要性を指摘したが、その後翻訳において西周が科学を造語したとき、現在のような使われ方を想定していたであろうか。もともとの外国語にも種々の意味や用法があるが、これほど誤用に満ちた語もあまりないだろう。
わが国で敗戦直後に津田左右吉が「日本歴史の研究における科学的態度」を公表し、のちに論文廃棄の指示を与えたとの話も科学という言葉が持つ魔性をあらわしているように思える。
そして、科学と、マジック。クラークの第三法則にいわく「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」。クラークも言うように、科学技術も発達しすぎると、魔法になる。魔法になってしまうと、誰もタネあかしを求めははしない。発達しすぎた人工物に囲まれていると、身の回りは「そういうもの」ばかりになる。その境界をだれも検証しようとはしない。子供だけが健全な好奇心で魔法を解こうとする。
なぜ?という問いを忘れたとき、科学は魔法と同じ顔をもつ。

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