2011年5月アーカイブ

中東独裁者の凍結資産

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親米反米を問わず中東民衆の反感の第一義的なターゲットが為政者にあることは確かだろう。そのターゲットの為政者を米国が支援すれば反米になる。しかし、その逆は真ならず。それに気がついて米国は中東の独裁者を支援するのをやめようとしているように見える。親米ならずとも東欧の民主化のように長い目で見れば民主化は放っておいても進むのだろう。今のインターネットの時代には別の力学が働いている。原油の利権ばかりに気をとられていると世界の潮流に取り残される。ここには原子力の平和利用という大きな課題があり、技術というより政治がどう料理するかという見識が問われている。人類が手にしたこの無限のエネルギーを無害にコントロールすることができるのは人間以外にはない。コントロール下に置くことのできるハード面の技術的基礎はできているが、ソフト面、主に財政的問題、自然との融和の問題が未熟だ。巨大技術のコントロールについても金さえかければ相当安全なものだろうし、今回の教訓でもソフトハードとも相当程度コントロールのマニュアルは進化するだろう。今後はこの巨大な怪獣をどう飼いならしていくか、50年100年先の人類の生存を見据えた決断が迫られている。世界的に金さえかければということがこれだけ明らかならば、世界中で平和利用の取り組みへのソフトハード面での対処を一元化する基金の創設が検討されてしかるべきだろう。先進国に限らず、世界中に公平に実行力を行使できる基金の創設は至難の業だろうと思われるが、そうでもしない限り中途半端で危険な状態の怪獣があちこちに生息するという現状はなかなか打破できない。特に今は中東の民衆のデモに吹き出ている民主化のエネルギーがどこへ向かい、西側諸国との折り合いをどうつけていくのか、また中国の為政者は国内のバランスをどう保とうとしているのか、そして核保有国はIAEAの正義をどうバランスするのか、これらの行方が世界の平和と繁栄に大きなウエイトを持ってくるだろう。G20が実質的に機能する機関になりうるか、或いは国連か、中東の問題はどこで議論されるべきか、中国の問題はいつまでも国内問題なのか。解決しなければならない問題は大きいが、唯一の被爆国、大きな事故を経験した日本こそリーダーシップを求められていると言える。そこでまずは、このスイスの凍結財産をこういったことの準備資金の一部に使わせてもらえないものだろうか。

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