小泉首相は30日の内閣改造で6閣僚を入れ替えた。6人はどんな思いで受け止めたのか。「落選」の弁を聞いた。
<柳沢伯夫・前金融担当相> 私としては最後まで自分の流儀を貫いた。銀行は民間企業だ。公的資金を投入して立て直したとしても、それで民間の自律的な回復とは言えない。国の資本が入ることで経営者の緊張感をそぐことにはならないか。その考えは今でも変わらない。
留任はあり得ないと思っていたので、退任そのものには驚きはない。しかし、(後任は)全くの予想外だった。金融庁の人たちも方針の全く違う人間が上に来ることになり、さぞかし大変だろう。総理としては、人事一新で金融政策をこの際、変えるべきだという判断だったのだと思う。
<武部勤・前農水相> 私は何でも良く解釈する性格だ。「武部はこれまでよく頑張った。今後は党に戻り、武部らしい生き方で羽ばたいてみよ」という首相の激励が、(閣僚交代に)込められていると思う。
農水相は私がやりたかったポスト。首相が抜擢(ばってき)してくれた。毎日が生きがい、やりがいで、与えられたチャンスに全力を尽くそうと走り続けた。
BSE(牛海綿状脳症)問題では国会で「辞めろ、辞めろ」と責められた。だが、トップが辞めればそれでいいのか。厳しい批判にさらされながらも、つらい、苦しいなどと思ったことは一度もなかった。
<中谷元・前防衛庁長官> 制服組出身の私が防衛庁長官をさせていただいたのは名誉なことだった。米国の同時多発テロ事件の対応では、貢献策づくりに取り組み、有事法制は初めて国会の俎上(そじょう)にあげた。
情報公開請求者のリスト問題など、不祥事では心が痛むことがあった。国民の知る権利と自衛隊の秘密保全の任務を峻別(しゅんべつ)し、再発防止を願いたい。自衛隊の最高指揮官は首相であり、(交代という)首相の決断に従いたい。リスト問題が交代の理由であったかは分かりません。
<村井仁・前国家公安委員長> ほがらかな解放感に浸り、ほっとしている。常に何かあったら自ら判断しなくてはならないプレッシャーは、なかなかきつかった。この辺で代えてもらえればありがたいとの思いもあった。地をはい、砂をかむような努力で解明した8件11人の(拉致事件の)事実を前に、北朝鮮が認めざるをえなかったのは警察の功績だ。
<尾身幸次・前沖縄・北方担当相> 悔いのない仕事をやったつもり。さわやかな気持ちで職を去ることができる。沖縄は普天間飛行場の移設について一応のめどがつき、沖縄新大学院大学の問題も相当程度進んだ。沖縄振興新法も思い出深い。後任の細田さんは通産省の後輩で一緒に政治改革を進めた親友。良い人になった。
<大木浩・前環境相> (川口環境相の後任で)8カ月と短い期間で、私はリリーフピッチャーだった。8回、9回を投げさせてもらい追加点は取られずにすんだ。京都議定書を批准し、関連法を通し、環境開発サミットを無事に終了したので、新しい大臣にバトンタッチできる。
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