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「旅」の終わりである。 生命科学をめぐるこの「旅」のあちこちで、私たちは「夢」を見た。だが、「夢」と「悪夢」がきわどいはざまにあることも知った。最終回は、「悪夢」を未然に防ぐシステムを考えたい。 研究を倫理面からチェックする仕組みとして研究機関には倫理委員会がある。新しい研究や治療は倫理委の承認を得て始められる。 だが、倫理委は研究者の「暴走」を止める役割を十分に果たしているだろうか。 今年1月、米オクラホマ大健康科学センターで治療を受けた女性が、同センターの倫理委員会などを相手取って総額7万5000ドル(約900万円)の損害賠償訴訟を起こした。医療機関の倫理委が訴えられた米国初の訴訟である。 女性は99年、皮膚がんのため同センターで治療を受けた。新しいワクチンを投与され、発疹(ほっしん)や頭痛、吐き気などの副作用が表れた。翌年出産した娘の免疫機能にも障害が出た。「医師は十分説明せず、安全性を確かめる試験もしなかった。倫理委も危険性のある治療を承認した責任がある」と女性は主張する。 このほか遺伝子治療を受けた男性が死亡するなど米国では先端医療をめぐるトラブルが続出した。米厚生省は昨年、倫理委のメンバーに対する教育を強化するよう求める声明を出した。 日本でも倫理委の判断に疑問のあるケースは少なくない。 鹿児島大医学部の倫理委は10月、献血血液を遺伝子解析に使うことを承認した。しかし、献血者は輸血を必要とする人を助けるために血液を提供しただけで、遺伝子を調べられるとは思っていない。「目的外使用は認められない」というのが日本赤十字社の見解である。倫理委はこれを知らなかった。鹿児島県赤十字センターはあわてて解析中止を申し入れたが、提供された血液は既に解析されていた。 同じ鹿児島大医学部の倫理委が承認したデュシャンヌ型筋ジストロフィーの受精卵診断は学会で覆された。 この病気は筋肉が委縮して歩行や運動が困難になる遺伝病で、男児だけ発症する。倫理委は99年1月、この病気の子供を持つ夫婦の間で体外受精した受精卵の染色体を調べ、性別を判定することを認めた。女児になる受精卵だけ母体に戻せば、病気の子供の出生を防げるという判断である。 しかし、日本産科婦人科学会は昨年2月、この診断を承認しないことを決めた。この病気は男児でも半数は発症しない。性別判定を実施すれば、健康な男児の受精卵まで母体に戻されなくなってしまう。これが、不承認の理由である。 こうした事例は倫理委が十分に機能していないことを示す。なぜなのか。 生命倫理に詳しい米国のポール・ビリング博士は、ホームページで「倫理委には責任を果たすだけの時間も専門性もない。メンバーには研究者と個人的に近しい人もおり、被験者の安全が守れるとは限らない」と指摘している。 身内による身内の審査という側面が濃厚である。日本も同じだ。 毎日新聞の調査では、10月中旬段階で、80の医科大・大学医学部の倫理委の委員長は全員、当該医科大・大学医学部の教授だった。32施設の委員長は学長や学部長だった。12施設ではメンバー全員が学内の教職員だった。 北里大の武藤香織・非常勤講師(医療社会学)は「医師中心の倫理委では、ほかの委員が問題点を指摘しても全体の流れは変えられない。外部委員も倫理問題に敏感だとは限らない」と指摘する。 国立精神・神経センターの白井泰子室長は「日本では患者の権利を守るという意識が薄い。まず診療の場で患者の自己決定を保障するシステムが必要だろう。そのうえで各施設の倫理委を統括するシステムを作り、問題が起きた時に対応できるようにすべきだ」と提案する。 近畿大の武部啓教授(放射線遺伝学)は、ある倫理委のメンバーに障害者の父親を加えたところ、研究者に「一方的な意見を持つ人を委員にするのは不適切だ」と非難された。「遺伝も倫理も分かる数少ない人材なのに」と憤る。 医師、研究者の価値観と市民の常識。両者を橋渡しするシステムはまだない。=おわり = ◇ = 第5部は、鴨志田公男、青野由利、松村由利子、田中泰義(以上東京科学環境部)、米岡紘子(熊本支局)、斗ケ沢秀俊(北米総局)、佐藤由紀(ロサンゼルス支局)、坂東賢治(中国総局)が担当しました。デスクは梁瀬誠一(東京社会部)でした。 (毎日新聞2001年11月8日東京朝刊から) |
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