春秋
その鐘は今も京都の方広寺にある。豊臣秀頼は、亡父秀吉が建立し地震で大破した方広寺の再建を果たした。落慶法要の直前に徳川家康から待ったがかかる。鐘に刻まれた長大な銘文の中で「国家安康(こっかあんこう)」「君臣豊楽(くんしんほうらく)」の八字が問題になった。
▼「家康を引き裂き、豊臣を君とする」意図がある、という言いがかりだった。家康に意見具申を求められた京都五山の長老らも、その解釈に追従した。大坂攻めの契機となる「鐘銘(しょうめい)事件」だ。その気になれば何でも開戦の口実になる。あるいは、いつの世も戦端を開くには何らかの理由づけが欠かせないとも言える。
▼国連によるイラク査察報告には、大量破壊兵器保有・開発の、いわゆる「スモーキングガン」は示されていない。銃口から煙が出ている銃――確たる証拠のことである。だが一方で、疑惑を深める状況証拠は挙げられていて、イラクの査察への非協力にも触れている。「灰色の報告」を、どう読むかは立場による。
▼米国は「安保理決議の重大な違反」と批判し、「イラクに残された時間はほとんどない」と武力行使容認をせっついている。しかし、安保理常任理事国でもフランスやロシアや中国は「五山の長老」にはならず査察活動の継続を主張している。当面はそうなりそうだ。さて次は、どんな鐘が持ち出されるのだろうか。