複雑性

 

    複雑性に気づいたのはごく最近で、まだ10年も経っていない。しかし気が付くと急に世界が開けてきた。

    はじめに気が付いたのは植物の自己組織化の実験結果を記述したものだった。

    また、航空機の事故原因分析の書物を読んでいるときにもなにかテーマがあるという気がしていた。

    「複雑性の縮減」という言葉を見たとき、衝撃を受けた。

    秩序の生まれる過程が自然界でよくみられることを知り、なるほどと思った。

    フラクタルという耳慣れない言葉をはじめて聞いたとき、どこにでもある事実だと知ってそういうものかと思った。

    コンピュータがフラクタルをポピュラーな言葉にしたが、複雑性の概念がポピュラーになったのと重なっている。

    樹木のそびえているのを見上げるとき、生命の力が実に整然と前の世代から受け継がれ、力強く空に向かっているのを感じる。

    草花を見るとき、その規則正しい葉脈の筋を見ていると何億年にもわたる生命の戦いの歴史を感じる。

    曲がりくねった松の枝を見るときには、苦しがってなんとか広い世界に飛び出そうともがいているような錯覚に陥る。

    環境保護に異常な関心を示す人々は生態の多様性の維持に情熱を持っている。多様性の維持と生存競争が両立しうるか。

    人類の本質は複雑性との戦いの歴史ではないのか。

 

    以下はハイデガーからヤスパースへの手紙から引用

    「私がそれの味方をして戦っているその擁護されるべき大義名分とは、私たちが哲学において中心的な可能事としてただひとえに反復することができ------かつまた反復せざるをえない事柄の理解、ということです。そしてこのことは、いくら重大視してもしすぎることはありえないと、私は思っております。自明なものに対する情熱を、かつてのプラトンやアリストテレスやカントがなしえたのと同じように実り豊かなものたらしめるためには、もちろん、多くの「常套陳腐」や「もってまわったくだくだしさ」があるにもかかわらず、いっさいが、なおもあまりにも複雑すぎるのです。」