知識

 

    知識は外部にある。

    私は子供の頃から久しく知識を馬鹿にしていた。今大いに反省している。知識がどれだけ大切で人生にとって重要か、やっとこの年齢になって少しわかってきた。

    インターネットの時代に時代錯誤と思われるかもしれないが、知識は簡単には得られない。知識を獲得し、習得するには多大な労力と我慢が必要である。それは気の遠くなる作業である。

    若い頃、知識は習得するものではなく、習得の仕方を学んで知っていればよいと思っていた。浅はかだった。世の中の多くの人が同じような発言をするものだから惑わされ、それが真実であると思い込んでいた。理屈を知っていればよいと思っていたのだ。

    知識とは今の私にとって人類の知恵である。それはおそまきながらなんとか真髄に触れようと日夜努力しているその当の相手なのだ。知識の背後には人類の多くの犠牲と失敗の歴史が隠されている。年寄りが若いものに注意するのはその知識があるからだ。こんな簡単なことがわからなかったのだ。情けない。