伝承

 

    民間伝承を丹念に収集したのは柳田国男だ。

    社会認識における問いは実際生活の疑惑に出発し、事実の認識を基礎として論断する。そして柳田が目指したのは各人自ら進んでわが疑いに答えんとする研究方法だ。

    それは、自分の疑問の解決とはかけ離れた他人の出した結論の暗記「いき呑み」を否定する社会認識であった。

    柳田の資料の範疇。目によって見ることのできる「有形文化」、耳によって聞くことのできる「言語芸術」、心に訴えてはじめて理解される「心意現象」。

    文字によって記述されると対象の性質は根本的に変わってしまう。常民の作り出す「くに」は郷土でだれもがよく知っている口頭の世界であり、そのアナロジーで理解される「くに」(日本の国)との緊張を断ち切る。

    日本人の好む起源論は面白いと感じる人が多いが、いいかげんなものだ。柳田の拒絶した官製の解釈、他人の解釈がそこにある。私も同感で起源論には生理的に嫌悪感がある。

    福田アジオによれば柳田は空間を手がかりにして時間を考えようとしていた。その広がりは意外に狭く、さかのぼった時間の長さもしれていると言える。